【セミナーレポート】木暮人連続セミナー:森と木が育む健やかな暮らし 第5回 ここでしか聞けない左官・自然素材の話

第5回 ここでしか聞けない左官・自然素材の話
講演:『株式会社漆喰九一』 代表取締役 福田正伸さん

2017年9月16日(土)

レポート:鄭美羅(チョンミラ)

4代目の左官業を継いでいる『株式会社漆喰九一』の福田正伸(ふくだ・まさのぶ)さんが登壇した第5回目の木暮人セミナー。「僕は一生左官職人です」と語る福田さんは、漆喰の良さを世の中に広めることを先代から受け継いだ。それが、左官職人としての社会的役割だと思っている。
昔から使われてきた漆喰は、火災や病から「人の命を守る」人類の知恵の塊である。だからこそ、『株式会社漆喰九一』は自然素材や天然接着剤の研究・開発にこだわりをもって、配合の自由度が高い漆喰の特性と職人の腕を融合させ、より高い安心・安全な漆喰を提供している。「九一漆喰」、「天竜すぎのこ漆喰」など様々なオリジナル漆喰の開発もその一環である。
今回のセミナーは、5千年も前から人類が使ってきた漆喰のすばらしい力、そして現代の住まいの環境における漆喰の活用法が聞ける機会となった。

〈漆喰はすばらしい可能性を秘めた素材〉

愛知県名古屋市にある『株式会社漆喰九一』。福田正伸さんは、今回のセミナーで、漆喰のすばらしさと新たな可能性を、左官職人としての豊かな経験と知識をもとに楽しく伝えてくれた。
福田さんが左官の道に入ったのは、24歳の頃だった。当時、航空宇宙産業の仕事から離れ、父親のもとで左官業をはじめた彼は、最初は左官業にも漆喰にも大きな魅力を感じなかったと言う。そんな彼が、「漆喰はすばらしい可能性を秘めた素材だ」と気づいたのは、あまりにも知らなかった漆喰のことを本格的に調べはじめてからだった。漆喰のことを調べてみたら、曾お爺さんの時代にはいろいろ配合して作っていたものの、現代になってからはほとんど新しいものを作ることがなくなっていた漆喰の可能性を再発見できた。
福田さんは「この頃は火事でよう人が死ぬなぁ」と言っていたお爺さんの言葉を覚えている。理由を探ってみると、漆喰は火事の時燃えにくく、煙や有毒ガスも出ない安心・安全な素材であることが分かった。それは、漆喰に関する彼の考え方を変える一つのきっかけになった。また、震災の時ボランティアに参加したことで、漆喰のすごさや左官職人としての自分の役割をはっきり認識した。

〈漆喰はなぜ命を守るのか?〉

福田さんは自分で漆喰を作ることの楽しさと共に配合の難しさを感じながら研究を重ねていくうちに、「漆喰は命を守る素材である」ことを知った。お爺さんが経験で知っていたことを、福田さんは実験を通じて検証している。名古屋工業大学大谷研究室との「燃焼実験」、名古屋工業大学種村研究室との「漆喰の表面構造観察研究(消臭効果検証)」などで、漆喰のすばらしさが一つずつ明らかになってきた。長い間人類の歴史の中にあった「漆喰」という素材は、まさに人類の知恵の塊であることに気づいた。
漆喰は、耐久性や断熱性、温度・湿度の調節、抗菌・防臭の機能を持っている人に優しい素材である。ヨーロッパの町並みでよく見られる白い塗り壁も西洋の漆喰で、強アルカリ性を活かした抗菌対策の一つだったのだ。日本でも漆喰の主成分である消石灰を使った抗菌対策が行われていた。
このような漆喰の良さを最大化するためには漆喰の作り方や塗り方にも色んな工夫が必要となる。例えば、左官用の壁土の原料は発酵より腐敗させることで、藁の中の粘り成分であるリグニンが土に溶け込み固い壁土となり、漆喰壁の良さやその効果を最大に感じられるようになる。安心・安全でストレスフリーな住まいの空間を作ることは、そこに住む人々の快適な時間を作ることであり、人の命を守ることに繋がる。

〈左官職人が作るオリジナル漆喰〉

漆喰が人の命を守るからこそ、自然素材や天然接着剤にこだわっている『株式会社漆喰九一』は、自社ブランドの様々なオリジナル漆喰を研究・開発・販売している。夢で見た配合から誕生した国産素材の「九一漆喰」、天竜で天然乾燥した杉のおが粉を漆喰に配合して作られた「天竜すぎのこ漆喰」など。「天竜すぎのこ漆喰」は温かみが特徴で、漆喰の欠点である冷たい感じを克服できた。また、空気浄化力や暖房効果を上げる省エネ漆喰へと仕上がった。自分で壁を塗りたいご近所さんの悩みを聞いて、解決策を探しているうちにクリーム状で刷毛でも塗れる「刷毛塗り漆喰」も開発できた。
このようなオリジナル漆喰を彼が開発できたことは、もともとその地域の土や素材を配合して近くにあるものを住まいの環境に活用してきた昔からの知恵の恩恵でもある。
社内の漆喰の部屋で「漆喰サロン」というお茶飲み会を毎週第3土曜日に開いているのも、地域の人々と出会い、地域の生活や楽しい過ごし方を知り、一緒に課題を解決していくのが左官職人としての自分の役割だと思っているからだ。

〈左官職人としての社会での役割〉

今後の抱負として考えているのは、国産木を使った木ずり下地を開発して、自然から来て自然に戻るものを作りたいと語る福田さん。
今回のセミナーでは、今まで普段あまり聞くことのなかった左官業や漆喰の話を実商品を触ってみながら体験することもできた。セミナー会場に訪れた参加者からは、「ストレスフリーの住まいの環境は現代人には特に必要なもので、漆喰にこんな機能があると初めて知りました」、「色んな素材を混ぜることにより、昔ながらの知恵と自然の良さを実感できる家作りをしたいです」、「実際に漆喰の塗り壁の家に住んでいますが、友達が来て、’この家は落ち着くな~ 眠りたくなる~’とよく言われます」などと漆喰に対するそれぞれの発見と経験を共有することもできた。
「僕は一生左官職人です」と語る福田さんは、激動の時代を生き抜いたお爺さんの本「仕事をしないと、人間はだめになる―福田富夫の生涯」を紹介しながら、最後にそのお爺さんの言葉を伝えた。
「みんなの屈託のない笑顔が見たい。」
その言葉を胸に刻んで4代目の左官職人の道を歩んできた福田さんの貴重なお話。今回のセミナーは、空間を通じて昔と未来を繋げている漆喰の力に気づかされることと共に、現代になってからはほとんどなくなっている漆喰文化を振りかえってみるきっかけとなった。