【セミナーレポート2019】木暮人連続セミナー第3回:「森林浴を上手に利用できるようになる!〜森林医学の基礎から応用まで〜」

■木暮人連続セミナー第3回
「森林浴を上手に利用できるようになる!〜森林医学の基礎から応用まで〜」

日時:2019年7月20日(土)13時30分開場、14時~17時
場所:木暮人倶楽部セミナールーム(東京都中央区銀座7-4-12銀座メディカルビル9階)
登壇者:
李卿さん(森林医学医、医学博士)、落合博子さん(国際森林医学認定医)

最初の登壇は、落合博子先生。落合先生は国立病院機構東京医療センターで、形成外科医長を務めていらっしゃいます。
2012年にINFOM(国際自然・森林医学会)の認定医となり、今年は国際的に活躍できる国際森林医学認定医の資格も取得されてます。
また、森林セラピーソサエティの森林セラピストでもあります。
INFOMとは2011年に日本が立ち上げた国際医学会で、役員は世界各地の研究者ら約20名。認定医制度を導入しており、日本国内で活躍できる認定医は41名、国際認定医は13名。
自然・森林による予防医学的効果=「森林医学」を実験で確認したり、世界に広めたりする活動をされています。
昨年2018年3月に行われた国際セミナーには8カ国から23名参加し、今年2019年5月に行われた会には14カ国38名と参加国数、人数ともに増加しており、国際的に関心の高まりを感じられたそうです。

森林浴とは、1982年に当時の林野庁長官の発言から始まった日本発祥の健康法ですが、2017年にアメリカで商標登録されて世界共通語になりました。
日本における森林セラピー基地は64箇所。森林セラピーの定義とは、よく整備され、科学的な調査検証を受けた森林空間で、”医学的なエビデンスに裏付けされた”森林浴効果を、より効果的に利用し、森林内で歩く、座る、寝転ぶなどをし、心身の健康・維持・増進・疾病の予防など”予防医学的効果を期待するもの”。
大事なポイントは五感を働かせること。五感を働かせることで効果が高まると言われているのだそうです。こういった取り組みの背景は、日本が世界第3位68.5%と森林率が高い (1位フィンランド2位スウェーデン)ことにあります。
森林が多い印象のドイツ、スイスでさえ30%程度しかなく、日本の豊富な資源を利用して新しい健康増進・疾病予防法を確立しようというものなのです。

森林医学の基礎知識として、森林セラピーはストレスに効果があると言われています。ストレスは悪いものというイメージがありますが、本来は大事な反応。
ストレスを受けると、神経や心血管系、内分泌系、免疫系が反応し、すぐに戦える体をつくり、ストレスに適応することを可能としています。急性期にこの働きは大事ですが、疲弊して慢性化すると適応エネルギーの消耗から抵抗力が落ち、様々な不調を生じます。
例えば、コルチゾールは脂質を分解し血糖を上昇させ、活動のエネルギーを作り出しますが、ストレスが慢性化すると血糖が上がり続け、糖尿病になる要因になりやすい。免疫系も働き続けると物質の侵入に抵抗できなくなって行く。
こうなる前に何とかしましょうというのが、落合先生たちの提案なのです。

これらの基礎知識を踏まえて、森林浴でリラックスしていることをどう証明するのでしょうか?まず自律神経に注目して、ストレスに関係のない副交感神経がきちんと働いていることを証明します。
自律神経は心臓や呼吸という体の機能を維持するのに大事な神経です。
副交感神経は血圧を下げ、心拍数を下げます。
健康な人の自律神経のバランスは交感神経と副交感神経がバランスが良いですが、不健康な人はこのバランスが乱れていることが多いのです。慢性的にストレスがかかると副交感神経が働かなくなっていきます。
自律神経は自分でコントロールできない神経ですが、副交感神経の働きを高めたい場合、どうしたらよいか。
森林浴の最中や直後は血圧が低下することが分かっています。これは副交感神経の働きがUPしている効果と言われています。
つまり、森林セラピーをすると副交感神経の働きを高めることができるということなのです。これはぜひ森林セラピーを活用していきたいものです。

自律神経の働きは血圧計や脈波、唾液検査で測定できますが、COCOLOLO(心拍変動検査)というアプリでも測定可能なのだそうです。
また、POMSという気分プロフィール検査(Profile of Mood States,POMS)も用いることができ、これは比較的長く持続する感情状態だけでなく、揺れ動く一過性の感情もすばやく評価できる検査で、多くの研究に利用されていて信頼性が高ものだそうです。

さらに、ストレスホルモンが減少することも証明するには、コルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリン、アミラーゼの測定ということですが、採血しなくても、唾液、尿からも値を測定できるとのことで、この日は会場で唾液アミラーゼ測定と血圧測定、POMSの体験会も行われました。

また、森林セラピーの森林実験を今年2019年6月に長野県赤沢という森林浴発祥の地で行ったそうです。
これまでの森林浴研究では森林浴による免疫系及び神経系への影響はかなり解明されていますが、内分泌系への影響について殆ど検討されていないため、今回は森林浴による内分泌系への影響を検討することを目的としたというものです。
森林浴と都市散策前後の血液・尿検査を行い、男性における森林実験散策と都市散策の差を検討し、内分泌の視点からリラックス効果の機序を解明するものとして実施されたということで、会場ではその実験風景の写真が投影されました。
次回は来年、女性を対象として行われる予定とのことです。
落合先生のお話の最後に、会場内にこの実験の参加者がいらっしゃいましたので、感想を伺いました。
お一人は、「POMSは3日間、1日7回やりましたが、森を歩いた時の前の感覚と、後の感覚では、不思議な程異なり、人とはこんなにも感情が揺れ動くのだと発見しました。
また、周囲のものから影響を受けているのだと実感しました。」参加者にも発見のある実験であったようです。

二人目の登壇は、李卿先生。
日本医科大学付属病院医師でいらっしゃり、森林医学研究会代表世話人、国際森林・自然医学会副会長・事務局長、森林セラピーソサイエティー理事を務めていらっしゃいます。
以前は日本医科大学衛生学公衆衛生学の准教授を務められていましたが、臨床をやりたかったため、現在は臨床医をされているのだそうです。今回は”世界の「森林医学」研究最前線〜森林を活用した疾病予防・健康づくり〜”をテーマにお話頂きました。

李先生が森林セラピーを始めたきっかけはいくつかあり、その一つは生い立ち。
中国の山西省の、万里の長城も近い、ポプラ並木や杏の花も桜に負けないくらい綺麗に咲く自然豊かなところで生まれ育ったこと。
また名前は「李」。
漢字を分解すると木の子ども。
これがきっかけの一番目。
二つ目のきっかけは、屋久島の旅行。
1988年1月に日本の鹿児島大学に留学し、その年5月のゴールデンウイークに出かけた1週間の屋久島旅行。
屋久島は雨が非常に多いところで、1ヶ月に35日雨が降る、というくらいの雨を経験し、縄文杉や映画に出てくるコダマにも遭遇。
この時既に環境医学を専攻されていましたが、いつか環境による生体への影響を調べてみようとこの旅行で思ったそうです。
この旅行体験が後日の、李先生の森林医学研究に多大な影響を与えたそうです。

李先生は、1984年に中国・山西医科大学を卒業し、医師資格を取得された後、1984年9月に中国医科大学大学院修士課程に進学し、環境医学の研究を開始し、1987年に環境医学の医学修士学位を取得。
1988年に鹿児島大学医学部大学院博士課程に進学、環境医学の研究を継続、1992年に環境医学の医学博士学位を取得。
1992年に医学博士学位取得後、日本医科大学で環境医学・環境免疫学分野の新しい研究(ストレス、農薬などの環境化学物質による健康影響及びサリン事件の遺伝的後遺症など)を開始。一貫して、環境医学をやってこられています。

もう一つのきっかけは、2001年にアメリカスタンフォード大学医学部に留学し、抗癌免疫学の研究に専念した時に、NK細胞内抗癌たんぱく質グラニュライシン(Granulysin)の測定方法を確立なさったことでした。

これまでの李先生のご活躍は、2004年に森林セラピー研究会が設立された時、初期の発起人として設立に参画。
2004年に国家事業として農水省が「森林系環境要素が人の生理的効果に及ぼす影響の解明」という森林浴研究プロジェクトを立ち上げた時、李先生の環境医学・環境免疫学のバックグラウンド、特にNK細胞内抗癌たんぱく質グラニュライシンを測定できることが高く評価され、研究プロジェクトの主要メンバーとして医学・免疫学分野を担当して本格的な森林浴健康増進効果研究をスタート。
2005年に世界でも初めての本格的な森林浴実験を長野県飯山で実施し、初めて森林浴がヒトの免疫機能(NK活性、抗癌たんぱく質など)を高めることを証明されました。2006年に森林浴発祥の地(赤沢自然休養林)で2番目の森林浴実験で、森林浴による免疫機能増進効果(NK活性、抗癌たんぱく質などが1ヶ月ぐらい持続できること)を証明し、世界中から注目を浴びています。
2007年には森林医学研究会が設立され、初代代表世話人を務め、同年2007年に世界初の森林浴研究の原著論文を英文専門誌で発表し、その論文で初めて「Shinrinーyoku」と「Forest bathing」を同時に命名・定義して「Shinrinーyoku」と「Forest Bathing」を世界中に広げることに基礎を作られています。
それらは英語本のタイトルとなっていますので、これから「カラオケ」のように、「シンリンヨク」が世界で通じるようになりそうです。

ところで、なぜ、森林セラピー(森林浴)が必要なのでしょうか?その背景はというと、強い不安や悩み、ストレスがある労働者の推移が背景にあります。厚労省の労働者健康状況調査によると、1982年ではこういった不安を抱えている労働者は50.6%でしたが、右肩上がりで上昇し、1997年に急激に増え、62.8%となっています。
その後数値の減少もあるものの、約60%の人が不安やストレスなどを抱えています。ストレスには急性期と慢性期があり、慢性期になると、殆どの生活習慣病と癌を引き起こします。この状況の中で人々の健康管理が大きな社会問題になっているのです。
有効な予防対策が求められており、森林浴が新しい健康増進•疾病予防として注目されているのです。

さて、なぜ森林浴が健康に良いのでしょうか。
静かな雰囲気、美しい景観、穏やかな気候、清浄な空気。もう一つはフィトンチッド(芳香物質)が人NK活性を高めます。マイナスイオンが人とマウスのNK活性を高めるのです。

仮説がないと研究は上手く行かないと言います。
そこで、李先生の森林浴研究における仮説構築は、NK細胞を含む免疫系が癌の発生予防、細菌及びウイルス感染予防に大きな役割を果たす。
また、ストレスが免疫機能を抑制することは分かっている。そして経験的に森林浴(森林環境)がストレスを解消できる。
それらのことから、森林浴がストレスを解消することによってストレスによる免疫抑制を解除し、免疫系に良い影響を与えると推測(仮説)したそうです。
この仮説を実証するために森林浴による免疫機能への影響について様々な実験を行い、検討されています。

「神経系ー内分泌系ー免疫系」ネットワーク、この三角形が重要な役割を果たします。神経系とは交感神経と副交感神経からなる自律神経、内分泌系とはストレスホルモン、脳内ホルモン。
免疫系とは抗癌免疫(NK活性、抗癌蛋白)などですが、初期の研究ではそれぞれ独立していると思われていましたが、今はお互いに影響しあっていることが分かってきました。

がん発生率とNK活性との関係は女性も男性もNK活性が高い人は、がんの発生率が低く、NK活性が低い人は、がんの発生率が高い。
約二倍くらいの差があることからも、いかにNK活性化が私たちの健康に重要にかわかります。
血液の中にあるNK細胞によるがん細胞傷害のメカニズムは、NKの抗がんたんぱく質により、がん細胞に対して細胞死誘発因子を放出させて、ガン細胞を死に至らせるものなのです。

李先生は数々の検証をこれまでされてきました。
主な対象は中年男性サラリーマン、言い換えるとお疲れサラリーマンです。
2005年の森林セラピープログラムでは、森林浴が有意にヒトのNK活性を増強させ、抗がんたんぱく質(granulysin、perforin、granzymes)でも、森林浴により量が増加することを検証。2006年には一般旅行と森林浴の対照実験を行い、一般旅行はNK活性に影響しないことが分かったそうです。
次に、森林浴持続効果を測定する実験。結果は森林浴が有意にヒトNK活性を増強させ、その効果は1ヶ月間持続することが認められ、抗がんたんぱく質で見てみても同様であったそうです。
これまでの実験対象は中年男性サラリーマンでした。女性は生理周期により、測定が難しいのだそうです。
しかし、2007年にはそのことも勘案して、女性看護師を対象に女性における森林浴効果実験を行っています。
女性においても効果があったそうです。
これらの検証により、1ヶ月に1回、二泊三日の森林浴に行くと、ガンになりにくい体作りができると言えそうです。

ストレスと免疫反応ですが、森林浴することによって、ストレスを減少させ、ストレスによるNK活性抑制を解除させ、NK活性を上昇、回復させます。私たちは都心にいるとNK活性は抑えられているのです。
森林セラピーによる血圧への影響ですが、血圧は同じ時間帯で比較しないと意味がないため計測時間は同じにし、都市散策(浅草)と森林散策の対照実験したところ、都市散策に比べ森林浴は血圧を7ー8mmHg低下させたそうです。
森林セラピーは副作用のない良質な薬に替わるものとも言えそうです。
また、心拍数計測。心拍数は自律神経を代表する指標で、低下していることは、リラックスしていることを意味します。
これも都市散策に比べ、森林セラピーでは脈拍数を低下させたそうです。
森林浴によるストレスホルモン、アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールへの影響については、一般旅行では尿中ストレスホルモンに影響しませんが、森林浴は有意に尿中ストレスホルモンを減少させています。
血清中コルチゾールについても同様で、森林セラピーが減少させています。
森林セラピー(森林環境)が、アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールを低下させ、副交感神経を上昇させ、血圧は降下させる。
つまり森林セラピーによる高血圧症の予防機序があると言えるのだそうです。
さらに、森林の力でココロを癒す、うつ病の予防効果もありそうです。
2007年に智頭町でPOMSを用いた実験結果、森林浴が緊張、不安、憂うつ、落ち込み、怒り、敵意、疲労、混乱を低下させ、ポジティブな気分だけ上昇したそうです。
この結果から、森林セラピーが「うつ状態」の改善に有効であると示唆され、うつ病における予防効果が期待されるのです。
今後はうつ病患者への実験も計画されているとのことです。
また、都市公園における森林浴効果はどうかというと、公園の規模にもよりますが、効果はあったそうです。

そして今は、森林浴(森林セラピー)のリハビリテーション診療への応用を試みていらっしゃいます。
なぜなら、脳卒中後のうつの平均発現頻度は約33%であり、有効な予防対策はなく、また、骨折後の抑うつの発症率も35%。
外国でも脳卒中生存者及び骨折後患者に3人に1人がうつ病にかかっている現状から、森林浴のうつ予防効果をリハビリテーション診療への応用について探られています。
まず、スタッフと軽度の患者さんでPOMSによる計測を行ったところ、診療所の庭園散策でも効果が出たそうです。

森林セラピーの効果としてまとめとして、森林浴が抗癌免疫機能を高めるため、がんの予防効果がある。
また、活気を上昇させ、うつ気分を低下させるため「うつ状態」の改善に有効。ストレスホルモンの減少、ストレス軽減、特に精神的ストレスに有効。血圧と血糖値を低下させるので、「メタボリックシンドローム」(生活習慣病)の予防に有効。
リラックス効果、脳の鎮静化。
睡眠改善効果。
森林散策による健康増進効果。
アロマテラピーの「アロマ」は主に植物(木、花)から抽出した精油であり、森林浴は「自然アロマテラピー」といえる。
都市公園もリラックス効果をもたらす、ということで、今後は森林セラピーのリハビリテーション診療への応用をしていきたいそうです。

李先生の著書、shinrinーyoku(森林浴)は、26の言語、35以上の国•地域で出版されて、世界に広まっています。
韓国では大学院で森林セラピーコースがあり、先生の著書がテキストとして使われているのだそうです。日本語版は2020年5月、東京オリンピック開催前に出版される予定です。
最後に中国のことわざに「天時、地利、人和」について触れられました。
物事を成功させるための三つの条件だそうです。
将来の夢は、森を処方することや、森林浴に保険が適用できるような未来を作っていきたい。
物事はチームが大切。人の和、ご協力をお願いしますと締めくくられました。

レポート:スギコ(岡本尚子)