【セミナーレポート2019】木暮人連続セミナー第1回:「注文住宅施主大放談会~家造りでできたこと、できなかったこと」

■木暮人セミナー2019 第1回
「注文住宅施主大放談会~家造りでできたこと、できなかったこと」

日時:2019年5月18日(土)13時30分開場、14時~17時
場所:木暮人倶楽部セミナールーム(東京都中央区銀座7-4-12銀座メディカルビル9階)
登壇者:田中万里子さん(農学博士、東京経済大学講師)、施主(佐藤康子さん、吉田恵美子さん)のみなさん、石神康陽さん(産業能率大学卒業生、大手ハウスメーカー勤務)
「私、施主になりました!」を先日発刊した田中万里子先生を中心に、最近家を建てられた施主の方々にお集まりいただき、建てる前に考えていて実際にできた事、できなかった事、そして、その理由などをざっくばらんに話していただき、家造りの面白さや大変さを共有する木暮人セミナー2019の第一回が開催された。

始めに登壇したのは、田中先生。以前ご自身と共に両親がお住まいになっていた家を建て直すため、老後の事を睨みひょんなことから施主となった田中先生は、そのご著書に沿って事細かく家づくりの事を披露した。
その動機は、世に施主からの家づくりの文献が少ない事。
当然一生に一度に近い大きな事業だけに、そうそう経験できず、知識が豊富に備わるわけもなく、いかに施主が家づくりの事を知らないかを伝えることに意義を感じたという。
また、義理の弟さんが建築士であったことのラッキーさはあったものの家づくりには様々なことが起こるので、施主の方々にも参考になるのではとも。
自分達に合った家は、売っていないので造ってもらわなければできないと田中先生。
家は買う物ではなくオーダーメイドの服と同様に造ってもらわなければ自分たちに完全にフィットする家は存在しないと主張する。
しかし、造って貰うには、「お金」と「時間」と「労力」と「気力」が必要だという。
田中先生の家は、耐震強度3に拘り、4寸の柱に拘り、キッチンが2つ、トイレが3つ、浴室が1つ、ロフト有りで車庫無しの3階建ての家。

世田谷の地でも土地が20坪の狭小住宅だが、ご主人も、娘時代を過ごした田中先生ご自身も本当に満足する家になった。
その快適さは格別という。
家づくりにあたって、最近のお風呂やトイレ等の水周りの機能の進化にびっくりしたという田中先生。
さらに窓の性能も良くなっていて、ペアガラスの遮音、断熱、防音効果が高く、これにもまた驚いたとの事。
冊子でも最後に書かれていたのが、家の建築は「じっと黙って待つこと」と理解したという。

そうすれば自分に合った家と巡り合えると。
そうなるために、冊子をきっかけに話ができたら参考になると考えて執筆した冊子は、施主とのコミュニケーションの難しさを業界関係者に知ってもらいたいという思いからだという。
専門家の方に施主や家族に合った良い家を提供してもらい、その家族を幸せにしていただきたいという田中先生。
そのためには、施主の話を十分に聞いてほしいと訴える。
建築士や建築に関わるお仕事は世の中の役に立つ夢のある仕事と思っていると締めくくった。

田中先生のプレゼンの後は、特別セッションとして、大手ハウスメーカーに就職した新入社員石神康陽さんの大学卒業論文「Instagramの共起ハッシュタグ分析に基づく注文住宅に対する多様な顧客ニーズの構像的把握」をご本人に発表していただいた。
SNS等のネット情報から今の注文住宅に対する施主の意識動向を探る論文の発表は、特に参加していた設計士や工務店の皆さんにはかなり刺激的だったようだ。
インスタグラムのデータから得られた最近の施主タイプのクラスター分析によると、デザインやインテリアに関心がある「インテリア巡り」(20.8%)、カフェテイストのインテリアなどに関心がある「カフェでくつろぐ」(20.0%)、カスタマイズに関心がある「カスタマイズ好き」(19.2%)、趣味を充実させている「趣味充実」(15.8%)、バルコニーにこだわっている「ガーデニング女子」(9.2%)、キッチンに関心がある「キッチン女子」(6.7%)、リフォームや自身で作ることに興味がある「自分で制作」(5.8%)、日本的な和を好んでいる「和を好む」(2.5%)の全8タイプに分かれるという。
インスタグラムに自宅の写真や好みの写真を投稿したサンプル画像が興味深かった。
インスタであるので、若い世代に偏りはあるものの、それを見るとリアルに施主の動向が分かる。写真の力を改めて感じた。
我々木暮人倶楽部に興味を持ってもらえる自然志向で木の家志向の施主の可能性は、上記の分析によると「キッチン女子」と「和を好む」の2クラスターで、合計すると9.2%。
それに「ガーデニング女子」等の関連クラスターの中にもその潜在ユーザーはいると考えられるので、少なく見積もっても15%以上の施主がその対象だと考えられる。
データの取得が2019年の初頭ということだが、今後自然に対する様々な情報の中でその需要は増えてくると予想され、発表者からも今後も定点観測的にユーザー動向を見ていく必要があると言及された。
普段感覚的に捉えている注文住宅の施主動向の本調査は、木暮人倶楽部の活動にも大いに示唆を得ることができて非常に参考になった。

次に登壇されたのは、音楽家の佐藤康子さん。
33坪の国立の家だ。
2階の差し込む光が落ち着きをみせるリビング、仕事場でもあり音楽教室も行う琉球畳が美しい和室、チークの使いやすそうなカウンターがある台所などを写真でご紹介いただいた。

隣の借景などをうまく利用して眺めのいいように設計したもののそれらの家が無くなったりしたことで、ずいぶんとその借景計画が狂ってしまったと言う。やはりあまり自分の周りの眺めに依存しすぎるのもどうかと思うと自嘲的におっしゃっていた。
琴の奏者である佐藤さんのご自宅は、音楽のために造られた家でもある。
音楽を聴くオーディオと琴を弾く和室が中心と言ってもいい。
その和室にはめられた木の格子窓は、外から中が見えず、中からは光が得られて、その風情と共にとても気に入っているとの事。


ご主人が杉アレルギーの可能性があるとのことで、家は国産材の杉とチークで造られている。しかし、当初の心配をよそに現在住んでいるご主人にはまったく問題が出ていないそうだ。
佐藤さんは、こんなに住み心地のいい家は本当にありがたいと言う。
自分で蛇口の一つから選び、気に入ったものに囲まれている家だからだ。
建築家や工務店の皆さんに掃除しやすいからシンクは角が丸い方がいいですよと推奨されたが、ご自身の拘りで角があるものを選んで、結果、それで掃除しにくくなったりしたものの、すべて自分で決めた事なので、それもまた家に対する愛着になっていると言う。
上棟の時の「木遣りの歌」を嬉しそうに聴かせてくれた。

3人目は、吉田恵美子さん。葉山にある秋谷海岸の家だ。
彼女のこれまでの経験(地域作り・海外支援・市民運動など)から家造りに込めた様々な思いがあり、それらを披露しながら家の説明をしていただいた。

「家造りで大切にしたかった事」としてまず挙げたのが「1.健康で心地よく暮らせる家」。調湿・調温・調身の家を造るために、ローテク材料(漆喰の壁、土壁、天然木等)でハイテクの家にしたという。
どうしても譲れない条件として建築家に要望したのが床暖で、それを天然乾燥の木主体の家で実現したのが、糸魚川の越後香素杉の低温乾燥(木の酵素が死なない42.5度の温度でじっくり乾燥させる方法)材だった。
天然の木の香りや質感や見た目の美しさを損なわず、緩やかなお湯の床暖で常に熱を加えられてもそれほど収縮や反りが見られない。
次に「2.環境に配慮された家」。
構造用合板を1枚も使っていない葉山の家は、ほとんどが自然素材でできている。
もし壊したとしても産業用廃棄物がほとんど出ない家となった。サスティナブルを意識した家は、ゴミ処理機も優れモノの生ゴミ処理機を使ってなるべくゴミを出さないようにしている。
3番めは「3.物理的は言うに及ばず心のバリアフリーな家」。
彼女がこれまで行ってきた「盲ろう者への通訳介助」など、どんな人にとっても安心して暮らせる家・街づくりの発想を基本に、自宅にエレベーターも設置した。
車いすでも可で、どなたでも、勿論ご自身も将来必要になった時でも暮らせるようにした。
彼女のハープの先生である西村光世さんは、車いすで家を訪問して、イベントでハープも披露している。
そんなことが可能な「バリアフリーの家」を目指した。
4番めは「4.地域に開く家~仲間を作り関係性を深めていける家」。
葉山の家では、様々なイベント(「暮らしの処方箋21」「秋谷の秋展」「葉山芸術祭」等)を通じて、地域や関係者のコミュニティ・文化形成を行っている。
それを実現する「チーム医・食・植・住」を結成。“医”として葉山の「ホリスティックメディカルクリニック」の本田秀佳先生によるホリスティックな身体のお話、“食”は、固定種・無肥料・自然栽培に拘る「YavaS農園」ご夫妻の森の恵み弁当と種や野菜の話。
“植”は、造園家で樹木医でもある佐々木知幸氏が、近隣の野山を解説するツアーを。
そして、“住”は、「森の恵み邸」(自邸)亭主による森の恵み邸案内ツアーを行っている。
家はそのような様々なイベント開催の場所となり、自然との共生や地域とのコミュニケーションを行う場としての家として機能している。
「できなかった事」として挙げたのが、木製サッシのキマドの使い方。
気密を保持するため両開きできないのでやはり掃除が大変な事、太陽光設置止まりでエネルギー活用の実験的な取り組みが十分ではなかった事(風力?など)、環境配慮での(井戸堀り、雨水活用、草屋根、苔の壁面)などもできなかった事として挙げた。
「これからの事」としては、いよいよ始まっている庭造りの話があった。
佐々木知幸氏率いる「ひと・まち・みどりデザイン集団わっか」という庭創作集団の面々が関わってくれることになった。
「秋谷月庭」と命名した月を愛でる庭造りを開始。
地域の環境を活かす植栽や選択的除草、地元の材料(佐島石)の活用、残土粘土で作る造作物など面白いアイデアで庭作業が進んでいるという。

 

3人の施主のみなさんに共通しているのは、注文住宅の家造りは大変だけれども面白く満足度が高いということ。
ほとんど不満を聞かなかったことは、やはりよい設計士や工務店に出会えたからということが大きいと思われる。
素人は、家づくりの専門的な事や関連する法律的なことはわからない。
その状況でよい家を造ることは至難の業だが、よい設計士は施主の希望や思いを十分に引き出し提案する。
そして、工務店と共に形にすることでよい家は可能となる。
最後にディスカッションがあり、田中先生の冊子の最後のページに書いてあった言葉「じっと黙って待つこと」に、参加の設計士が多く反応していた。「建て主を幸せにする家造り」の期待に応えなければならないと、「重い」との一言が発せられた。

 

終了後、登壇者の3人で盛り上がったあるある話。佐藤さんは自分が拘った目立たない蛇口の使い方を琴の稽古の生徒さんに一々説明するはめになったと大笑い。

楽器(琴、ピアノ、ハープ)演奏が3人共通の事項であったことにも気づき、家は音楽を楽しむ豊かな空間なのねーと大いに盛り上がった懇親会だった。

(木暮人倶楽部 理事長 吉田就彦)